2009年11月03日 17:46
2009年10月24日 21:36
場所:池之端ライブスペース「Qui(キ)」
東京都台東区上野2−13−2 パークサイドビル4F
電話:03−3831−0747
時:12月13日(日曜日)
料金:10,000円
<ドリンク飲み放題>
演奏:江草啓介ジャズトリオ
開場・・・・・・・・・・・・ 5:30
お食事スタート・・・・・6:00
お食事は階下の亀屋さんの和食御前(弁当形式)です。
ライブ会場であるQuiの客席にてお召し上がりください。
(去年は亀屋さんの料亭でしたネ)
そのまま、場所を移動せずに最後までお楽しみいただけます。
ライブ開演:7:00〜8:00
遠方からのお客様や翌日 仕事のかたもいらっしゃるので
時間設定をこのようにいたしました。
ライブ終了後も閉店までおくつろぎいただけます。
<閉店は10:30>
カレンダーに、マークしてくださいませ!
なお まことに勝手ではございますが
お食事のご用意をする都合上 要予約です。
メールをくださいませ。
振込先をご案内いたします。
振り込み確認後、予約が確約されます。
メール=hazumachie@yahoo.co.jp
件名=八月真澄のクリスマスライブ申し込み
本文=代表者のお名前 連絡先 人数は必須
そのほか八月真澄へのメッセージなどあればお書きください
2009年10月23日 22:18
私の大好きなエンタティナーが二人、この世を去った。
加藤和彦さんといえば私たち団塊世代にはフォーククルセーダーズで
印象的な人だった。
なぜ 自殺したのか、理由は知る由もないけれど
あのどうでもいいような曲「帰ってきたヨッパライ」は
いわゆる正論でいう歌唱力とかは問題外の曲だったが
オーバー・ダビング(「重ね録り」)手法がアイデアとして
面白いなあとは思っていた。
そしてこの曲を聴くと妙に癒されたもんだった。
フォークルがプロとしてデビューした当時
私は高校を卒業したて!
若者らしくない当時陰気くさい 暗い私だったので
元来 ビートルズが好きでない私は日本のビートルズだと思っていた。
邦楽より洋楽大好きな私だったから あまり興味を持って聞かなかったけれど
こうして過去を時々振り返る年齢になると
いい曲だな・・・としみじみ思ってしまう。
ミリオンヒットの当人なのにこの世を去ってしまって 実に残念だ。
南田洋子・・・地味だけど銀幕の中では輝いていたひと。
彼女自身 舅の介護を20年近く続けていた人だったな。
私はこのひとの映画を劇場で見たことはなかったけれど
昔でいう 深夜放送などで楽しんでみていた。
(昔の映画が好きなのは監督がいいから。 そしてカメラがいい。編集も好き。)
南田洋子は男性から見ると放っておけないセクシー女優・・というイメージなのかも知れない。
でも印象に残る女優さんだったな・・・
昔の女優さんは中低音でセリフをしっかり言っている。
イマドキの「女優」といわれるひとたちはなぜか高音が多いのでキンキンして耳につくから好きでない。
その点でも南田洋子さんの声は低くてセクシー・・・だから好き!
映画好きの私は
いつか素晴らしい監督による南田洋子の女の一生を映画になる日を待っている。
2009年10月22日 11:31
Brash up!
ハーレムではかつて出したことのない声量でもベバリー先生には
追いつかないと思っていた。
しかしその時の録音を聞きながら、もう一度試したら
身体の体側がバリバリっと音を立てるような声が出た
ベバリー先生は「歌は心の叫び! 歌手はバックのミュージシャンをリードしなきゃダメ! 日本から来た生徒はみんなバックに負けてる」とよく言っていた。
「そんなこと私は百も承知!
わかってるよ!」とかみつきたくなるほどだったが
教えを請うときは それは言っちゃいけない。
時間の無駄にもなる。
結果、出せないはずの音量、持っていたかも知れなかった声量が出たのは40年間歌って来て 至福だ!
この先生、録音をこうして聞いているだけでも
私をうまくさせよう!という気概が伝わってくる。
ハーレムで親切にしてもらったひとたちや先生に報いるためにも
私はがんばる!
このあと、友人との打ち合わせが待っていたので
急いで帰宅した。
2009年10月18日 23:55
Harlemに10日間 滞在しておりました。
帰国後すぐ「秋ライブ」を上野で開催し すこし落ち着いたのが今日あたりです。
ハーレム滞在記は私のホームページより入ってぜひのぞいてくださいな。
秋ライブのレポも書いています。
自分の技術の向上のため本場でボイストレーニングを受けてきました。
私の声質は特殊なのでクラシック大国の日本では私をボイトレしてくれる人は見つからず
めぐりめぐってニューヨークへ!そしてハーレムに私のボイストレーナーがいたのです!
私の声質は「Belting Voice」といって日本で教えられる講師は逆に私だけしかおりません。
このBeltが出せるSingerも私だけです。
八月真澄というとヨーデルとおもわれるでしょうが
BeltとYodel は共通なものがあり、Beltが出せるひとほどYodelはきれいです。
このBeltをもっとしっかり勉強したいと思ったのと日本ではBeltを生かして歌えるのは
自分のライブだけなのです。
20数年前
レミゼラブルの初演に出演したときのことです。
D♭やE♭の高音を地声でピ〜〜ンとはって強く出していました。
あの「One Day More」の中でです。
しかし音楽監督から裏声で出すよう指示がありました。
それは、私しか地声で出せないので目立つ!からです。
当然、音楽監督に従わなくてはなりません。
でも納得いかないのでした(笑)
転調して盛り上がる場面です。
どうしてこんな音が地声で誰も出せないのか!不思議でした。
このころから、現在まで日本のミュージカル界のボーカルは変わっていません。
クラッシックの世界のひとたちが俳優たちを教えているのが現実です。
だから私はミュージカルがやりたくても日本では希望がないと思っています。
歌というのは魂の叫び!
それがハーレムのR&Bであり ヨーデルをギリギリのところでトレモロする世界なのです。
とにかくハーレムにて
昼間は毎日レッスンを、夜はライブハウスへと、連日 勉強しました。
ニューオリンズ生まれの黒人女性先生はめちゃめちゃゴスペルがうまく
私が61歳だというとよく声が出ますね!とビックリ!!
ビックリした次はもう熱いレッスンの毎日!
他日のゴスペルワークショップでは日本人クワイヤーたちがまたすごい!
全員素人なのに日本に帰ると、クワイヤーを設立してハーレムから先生を呼ぶという
念の入れよう・・というか本場で学んだ醍醐味を忘れられないのだそうです。
まあ・・・私は 帰国するとき
自分の歴史が動いた・・・と感じました。
〜八月真澄のホームページへ〜
2009年09月23日 17:42
しばらくブログをお休みします
2009年09月18日 22:29
私が在学中はESS部長が 後藤悦治郎さん(紙ふうせん)で
顧問が小林信次郎先生!
後藤先輩の信条で私が最初に参加した文化祭は「黒人研究」が
テーマ!
私は縁あってある商社マンからお借りした8ミリフィルム「ガーナのエンクルマ大統領の就任セレモニー」を上映したことを覚えています。
顧問であられた小林先生はまだまだお元気ですが
「自分がどこでも出かけられるうちにESSだけで同窓会をしたい!」とおっしゃっておられます。
できれば「小林先生をご存じ」のもとESSメンバーを探しています。
きっとPCさえも触らない(笑)年代かも知れませんが・・・
もしいらっしゃったらこちらにコメントをしていただけますでしょうか?
また私のHPからメールをくださいませ。
2009年09月10日 21:14
これはむか〜し 昔、東京に来たてのころ野バラ社の青い小さな楽譜本で覚えたことがあります。
だから改めて覚えなくても すぐに思い出しました。
そのかたは奥様同伴でアメリカの西部に仕事絡みで行かれた時
この曲をたまたま聞いたそうです。
あのひろ〜い高原でこの曲が合ってるのでえらく感動した!とのこと。
ヨーデルの師匠、ウイリーはこれをヨーデル入りで歌っています。
私はそれを真似て、「テネシーワルツ」にヨーデルを入れて歌っています。
どちらの曲もカウボーイソングですから、おまけにワルツですから
私は「峠の我が家」は
ただワルツで歌うだけにしようと思います。
この曲をどんな人が歌っているかと探していたら
ユーチューブで、「峠の我が家(オリジナルソング)」というのが
ありました。
きっと
モト歌なのでしょうね。
どんな曲もモト歌とかベースになるモデル曲がありますね。
たとえば演歌のモト歌は「おれは〜かわらの枯れすすき・・」(船頭小唄)と
いう曲です。
この曲が基本になっていろんな演歌が出てきたとそのむか〜し
聞きました。
でも早い話どうでもいいですね。
いい曲だったらこうやって100年もそれ以上、歌い継がれていくんですから・・・
さしずめ私の「秋の日曜日」は100年以上歌い継がれるかな〜
って知ってる?この曲・・・シャンソン風な曲です。
知らない人は10月14日のライブに来てね!
待ってるよ〜
2009年09月10日 21:13
去年スイスに行く直前に「ACE(エース)」で夫婦ともに購入したのですがお互いにKey管理をすることにしていました。
しかし私がそれを紛失してしまったことで
「特別なつくりのKeyだから再発行してもらえないだろう・・・」と夫は勝手に決め込んでいました。
私は念のためにACEにメールして番号もはっきりわかる鍵の画像を添付、鍵番号もあらためて書いて送信すると、
「在庫があるのですぐ送ります」とな!
おお!やった
すぐ夫の分と2本 送って来ました。
あきらめず 聞いてみるもんですね!
2009年09月10日 21:12
時々、目が痛かったり、かゆかったりするので数年前から
春先などに行き始めたのですが以来
現在は別に異常があって受けているのではなく、
早目に異常を察知したくて
通院して点眼液を処方してもらっています。
かならず視力検査を受けますが 位置は何回もやっているからといって
覚えられるもんじゃないですね。
でも
「上!」
「下!」
「右」
などと言いますがようく見つめていると見えてくる・・・と言った場合もすかさず言うようにしています。
2,3日前に検査しましたが
先生に「普段の生活で目に関して何かないですか」と聞かれたので
「あの・・右目のアイラインがぼやけて書きにくいんです」というと
先生、爆笑!
「僕はオトコだからそういうことはわからないなあ」と周りの
看護師さんたちを見渡します・・
私も一緒に見ましたら周りでアイラインなど入れている看護師さんは
おりませんでした。
そういえば看護師さんたちはあまりメイクなどはしていませんね。
(テレビドラマは別ですが)
こういう質問に関しては治療法はなさそうでした。
帰り際
私より年上か同世代の看護師さんが「コンタクトを使用されたら?」と言ってくれましたが
「いままで使用したことないんですよ 究極、いつかコンタクトにします」と言って病院を出ました。








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